節分と源氏物語
節分の起源は「追儺(ついな)」とか「鬼やらひ」といわれ、源氏物語にも、その様子が描かれているところがあります。
年暮れぬと思すも心細きに、若宮の「儺やらはむに、音高かるべきこと、
何わざをさせさむ」と走り歩きたまふも、をかしき御有様を見ざらむことと、
よろづに忍びがたし。
最愛の紫の上、亡き後、光源氏最晩年の場面です。
12月晦日、孫の若宮(後の匂宮)が
「追儺で鬼を追っ払うんだ。大きな音を立てるのに、どうしたらいいかなぁ」
と走り歩いているのです。
そのやんちゃな様子を見ながら
「この孫たちの行く末を見届けることもかなわない」
と、俗世間に別れを告げ、仏道に入る新たな年を迎えることを思いながら、光源氏の物語は終わります。
紫式部はその出家も、死も黙して語りません。
物語の主人公、光源氏の静かな退場と、次代の主人公、匂宮の春を思わせる元気で明るい登場。さりげないけれど、印象に残る、すてきな終わり方だなぁと思いませんか。
節分は、文字どおり「季節を分ける」、季節が移る節日、立春、立夏、立秋、立冬の前日を指しているのです。
日本の国は農耕社会、命が芽吹く春の始まりが、最も大切にされ、節分といえば春の節分を指すようになりました。
旧暦では一年の始まりでもあります。大晦日に邪気(鬼)を祓って、気持ちも新たに新年を迎えたのでしょう。
by himemikos
| 2018-02-06 12:44